3月 102018
 

2015年にプログラマとしてゲーム会社へ入社してから、3年近く経過しました。あっという間です。忙しさに波のある仕事なので、時間感覚が狂うのかもしれません。このまま突き進むと、気がついたら10年経っていた、なんてことになってしまいそうです。

これまで、「これは私が作った」と誇れる実績をいくらか残しましたし、遊んでくれた人たちからの好評も頂きました。また、社内的な私への評価・信頼も高く、今のところ順調と言って差し支えないでしょう。

振り返ってみれば、色々と大変なことがありましたし、これからも大変なことが目に見えていますが、自分で決めた道を走ることに変わりはありません。何故、この仕事を選んだのか、という原点ともいえる志は、今も貫いているつもりです。

若手から中堅になりつつある今、その原点をいつでも振り返れるように文章化すべきだと考えました。ちょうど落ち着いたタイミングなのもあります。入社前に書きかけていたんですが、盛りすぎてまとめきれませんでした。その古い下書きを読み、当時の熱量を汲みながら、改めて今の私の言葉でまとめてみます。

もしかしたらゲーム業界を目指す人が、この文章を読むこともあるかもしれませんが、私の経歴や考え方を基準にしないでください。わかりやすい基準なんてないですが、それでも私は特殊な方だと思います。

ゲームはコミュニケーションツール

私の価値観として、

「ゲームはコミュニケーションツール」

という考え方があります。もう少しわかりやすく言い換えると、

「ゲームはコミュニケーションを盛り上げるところに高い価値がある」

といった感じでしょうか。詳しくはあとで触れていきます。

この考え方は、娯楽一般にも当てはまるのですが、特にゲームはこの色が強いなと感じていますし、それこそ私がゲームに感じる大きな魅力であります。逆に言えば、私がゲームを愛する理由を突き詰めて辿り着いた思想でもあります。これを掘り下げていくことで、私の仕事観へと繋がっていきます。

このように、自分の考えの中で重要なものについては、端的に説明する名前付けをしておくと、しっかりとした軸を持つ助けになりますし、発展的な考察にも役立ちます。言語化は大事です。だから、この文章も書いています。

技術に触れる

私の人生に興味ある人はほぼいないと思いますが、価値観を導出するにあたり、過程は必要なので、ざっと振り返ります。

私は今、ゲームプログラマとして働いているわけですが、まずプログラミングを意識したり、興味を持つようになったのは小学生時代まで遡ります。Windows 98などの登場でインターネット普及期でありました。ゲーム機でいえばニンテンドー64現役時代です。やや遅れてフィーチャーフォンが登場します。技術の進歩がわかりやすく目に見えた時代です。

当時、我が家にPCはなく、学校で触ることがありました。ちょっとまだ遠い存在。でも、流行りなので娯楽もやはり電脳モノが出てくる頃です。デジモンアドベンチャーやロックマンエグゼの直撃世代となり、デジタルによって発展する未来への憧れ技術への敬意が芽生えました。特にエグゼは、プログラムの存在を強く意識させました(プログラムくんというモブキャラがあらゆる電子機器の中で一生懸命働いています)。

将来の具体的な目標はなかったのですが、プログラミングを覚えれば、あらゆる分野で活躍できるし、楽しそうだなと思いました。そのため、プログラミングを学べる理系高校に進学しました。高校教師の「めんどくさいことをプログラムで解決するめんどくさがり屋がプログラマに向いている」という言葉が腑に落ち、そのようにありたいと思い続けています。

大学でも情報工学を学び、専門的な知識を身につけていきます。このとき時間をかけて様々なことを独学したこともあり、ゲーム制作の知識は少なくても、情報技術全般に強くなりました。また、スマホゲーム開発のアルバイトで実務に関わりました。

それはそれでとても楽しかったのですが、「楽しい」だけになって行き詰まります。技術を役立てられる魅力的な場がわからなかったのです。SNSやスマホが浸透して便利な時代になった反面、新たな問題も多く。日本企業(組織)は向上心がなくITとまともに向き合おうとしない。まともにプログラミングできる人なんてほぼ存在しない(≒教育できてない)。そんな社会を見て、自分の研究課題すら目的観を見失いました。技術がそれだけでは人を助けないことを痛いほど知りました。まあ、学生レベルで見えるものに限界があるにせよ、社会全体が魅力的に見えないのは事実だし、大問題だと思います。みんな就活の茶番にはうんざりしています。

私が子どもの頃に憧れた未来はどこへ行ってしまったのか。技術は何のためにあるのか。考えないとどうにもならなくなりましたが、考え抜いて、私なりの答えを見つけました。

技術は何のため

あくまでも技術は手段です。つまり、それによって達成したい目的が別にあります。後付でも良いですが、ここをはっきりさせたほうがたいてい物事はうまくいきます。手段を選ぶ判断基準がはっきりするためです。

学生時代、家庭問題とか某プロジェクトの中止とか、うんざりすることがたくさんあり、私は一度心を病みました。しかし、このまま流されることを嫌いました。誰も私の人生の責任なんて取れやしないのだから、自分の力で生きていけるようになろうと考え、行動するうちに自信(自己肯定感)をつけていきます。そのとき私を助けてくれたのは数多くの娯楽であり、それを通じて知り合った友達の存在でした。基本的にロックマンファンのことです。

そして、面白いことに気付いたんです。ロックマンを遊んでなくてもロックマンを楽しんでいる自分がいるということに。ここで「ゲームはコミュニケーションツール」という発想に至りました。

ゲームは楽しいです。でも、その「楽しい」をみんなで共有するともっと楽しいです。コミュニケーションは難しいものですが、こんなに面白いこともないのです。そして、ゲームがコミュニケーションを盛り上げてくれるのです。

ロックマンは1人用アクションが多いですが、それでも遊んだ人同士のコミュニケーションに発展してきました。何故なら、ゲームはインタラクティブな娯楽であり、人それぞれに「体験」を与えるからです。みんな体験や価値観が違うからこそ、面白いんです。今でもロックマンでつながって、みんなで楽しく盛り上がっているということ、とても不思議なことのように思えますが、実はロックマンがコミュニケーションツールとして優秀だったということに気付いたのです。そこに年齢も性別も職種も関係ないんです。多様な価値観が集まり、私にとっても良い刺激となりました。

このことに気付いたとき、私の人生を楽しくしてくれているのは今でもゲームなのだと改めて思いました。その本質がコミュニケーションであると理解しました。それってすごいことだと思いました。ゲームの力で人と人をつなげられるなら、そのために使う技術は素敵じゃないか、と思えるようになりました。閉塞的な社会になった現代にあって、ゲームがとても輝いて見えてきました。

今の時代、「体験」が強く望まれるようになってきたと思います。音楽ライブは盛んでライブビューイングによって場が増えましたし、鑑賞するだけだった映画も応援上映会の登場により能動的な楽しみ方に変化した部分があります。コラボカフェだって「場」として体験を提供するものです。ゲームの持つインタラクティブ性は体験との相性が良いので、今こそゲームの価値が試されているような気もします。

やりたいこと

以上を踏まえて、私がゲーム業界でやりたいことは、

「人の心を豊かにするために、コミュニケーションを発展させるような、新たな体験を提供すること」

としてまとまります。

面白いゲームを作ることは目的ではなく、目的達成のための手段になりました。これで、アマではなくプロとしてやっていく意義が生まれたので、心置きなく就活できました。みんながより楽しく生き、より楽しい社会を形成していくためのゲームです。

また、このようにゲームの価値を見つめ直していかないと、価値を守れず、全体として先細っていくのではないか、という危機感もありました。現代においては、人々がどのような生活の中でどのようにゲームに関わっていくか考えることも重要でしょう。多分、そのへんきちんと向き合ってる企業は任天堂ぐらい。

そういった問題意識を持ちつつ、

  • ゲームは面白い
  • 人は面白い
  • 技術は面白い

以上3点を、ゲーム体験を通して伝えていくことが、私のミッションかなと思っています。これができれば、きっと10年後のクリエイターを生むことにも繋がるでしょう。長期的な目標なので気長にやっていきます。

実際に働いてみて

実際に働いてみると、新しいゲームを生み出す難しさだけでなく、チームや会社など組織運営の難しさにもぶち当たっていきます。あるいは、会社的に未経験の領域に挑戦すると、準備の整っていない状態で突き進む開拓者としての苦労もつきまといます。そんな感じで、プロジェクトがゴールできるようあらゆる障壁と戦います。

しかし、プロジェクトさえゴールすればいいというものではありません。メンバーを疲弊させて、辞めさせてしまったり、禍根を残してしまったりするのは、組織として持続性が破綻していて最悪です。ここではやりたいことができないとか、自分が成長できないとか、将来性に期待が持てないのもしんどいので、キャリアパスやメンタルケアの考慮も必要です。なので、みんなで高い目標を持って楽しく取り組み、お互いを高め合っていけるような組織づくりが重要なのではないかなと思います。商業ゲームは一人では作れないですし、個々のスキルが高くてもチームとして弱ければ実力を発揮しきれません。

より良いゲームを作り続けるサイクルを生み出すために、「人のためのプログラマ」という立場をずっと考えながら仕事しています。みんなの力をどこまで引き出せるか効率化・最適化したり、みんなのアイデアをより高める提案をしたりしていくことこそ、ゲームプログラマの役目なのではないかな、と。

私は自分のやりたい仕事をきちんと見つけられたんだなと思います。

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